Iさん夫婦のお産体験談

お父さん感想

私は、結婚する前から子ども、というか家族が欲しかったんです。もちろん自分の両親や兄弟はいますが、にぎやかで楽しくて幸せな「自分の」家族が欲しいと思っていました。そして、妻と結婚して赤ちゃんを待っていたのですが、なかなか妊娠しなくて、妻は毎月生理が来るたびに泣いていました。でも、私自身はなんとなく「赤ちゃんは来てくれる」と確信していたので、妻を励ましながらゆったりと待っていました。だから、妊娠が分かったときは、キャーッと大騒ぎすることもなく、「あぁ、やっと来てくれたね、ありがとう」という感じでした。

父と子 妊娠してからはとにかく嬉しくて、お腹の中にわが子がいると思うと可愛くて仕方なかったです。赤ちゃんの胎動がはっきりと分かるくらいからは、毎日名前を呼んで話しかけました。「今日お父さんお仕事がんばってきたよ、今日はこんなことがあったよ。生まれて大きくなったらキャンプへ行こうね、山梨のおじいちゃんと富士山に登ろうね」などたくさんお話をしました。たまに絵本も読みました。お腹が大きくなってくると、毎日お腹に頬ずりして、会えるのを楽しみに、楽しみに待っていました。予定日が近づいてくると、いつ産まれるか分からないから、電話が気になって、仕事に熱が入らなかったですね(笑)。

父と子 お産が始まったときは、たまたま仕事が休みだったんです。だから、最初から最後までずっと側にいることができました。陣痛で妻が「痛い、痛い」と叫びあげている様子をみて、すごい無力感でこっちが泣きそうになりました。陣痛のときはずっと腰をさすったり、支えたりしていたんですが、腕にこもる力が強くて、この小さい身体のどこにそんな力があるのか不思議に思ったのを覚えています。

そうやって私も何時間も腰を力強くさすったり、ものすごい力で妻に握られたので、正直大変だったのですが、そのぶん赤ちゃんが産まれたときは「家族で乗り越えられた」という達成感でいっぱいでした。「お産に立ち会った」というより「お産に参加した」という気持ちです。

父とスリング 以前産まれたての赤ちゃんを見たときは、猿みたいで可愛いと思えなかったので、自分の子どもも可愛いと思えないんじゃないかと心配していました。でも、いざ産まれるとき・・・産まれる直前にお母さんのお股から頭だけ出る瞬間があるのですが、そのとき赤ちゃんが口をパクパクしていて、それがもう、すでにとても可愛いかったんです。だからそんな心配はいりませんでした。産まれてから今でも、とにかく可愛くて仕方ないですね。赤ちゃんに関わることは、何でも参加したいし、やりたいと思っています。
そうやって学んで実践して、赤ちゃんや、これから生まれてくるであろう次の子どもたちが幸せに生きていくためのお手伝いを、妻と協力していきたいと思っています。

※上記の文章はなぎさ中学一年生に語った言葉です。

 家庭出産感想(母)

<家庭出産を選んだ理由>

赤ちゃん 学生時代に家庭出産のビデオを見て、その温かい雰囲気と幸せそうな家族の様子に惹かれ、自分もいつか家庭出産をしたいと思っていました。

その後、助産師として病院で多くのお産に携わってきました。どこで産んでもお産は素晴らしいものに違いありませんが、病院はお産が多いので慌しくなることもありますし、どうしても多くの医療従事者が関わることになります。たくさんのお産に関わらせて頂くなかで、自分はどんなお産がしたいだろうと改めて考えたとき、やはり「家族だけのゆったりした空間でわが子を迎えたい」と思うようになりました。また、できるだけ医療の力に頼らず、自分の身体が持つ力を最大限に生かしてお産をしてみたいという気持ちもありました。ですので、妊娠がわかったときは迷わず前原さんに連絡しました。

 <妊娠中>

病院や診療所で妊娠初期の検査などを終え、問題ないことを確認してからは、自宅での健診がメインになります。測定などの基本的なことは病院と同じように行いますが、驚いたのは「かなり」充実した保健指導です。食事、お産に向けた身体作りのための体操、何を準備したらよいか、オススメの出産・育児グッズなど…、一つ一つ丁寧に教えてくださるので、気がつくと毎回あっという間に2~3時間経っています。前原さんの知識や経験、関わってこられたお母さん方の生の声がつまった貴重な情報は、勉強になることばかりで毎回楽しみにしていました。とにかく今できることは何でもやってみよう!とあらゆることを試しました。自分の身体ですから、実験し放題!こんな貴重な機会はありません(笑)。

妊娠後期になると、信頼関係が築けてくるため雑談が多くなり(笑)、それも毎回楽しみでした。家族のこと、自分が大切にしていること、身の上話、今後の人生について…などなど、普段人に話さないこともたくさん話すようになりました。お産に関しては、人によって価値観が違いますし、いろんな思いがあるので、お産についてくれる助産師さんが自分のことを理解してくれているとすごく安心感があります。時間をかけて信頼関係を築いていけるのも、家庭出産の魅力の一つです。

お産が近づくと、お産(陣痛)に対する不安や恐怖の感情が出てくると一般的に言われていますが、私の場合は楽しみで仕方がありませんでした(これは個人差があります)。もちろんわが子に会えるのが楽しみということもありますが、今まで関わってきたお産を自分が体験できる楽しみ、自分がどう変貌するか楽しみ(笑)、妊娠中取り組んできたことがどう結果として出てくるのか楽しみ…、いろんな楽しみがあったからです。

 <分娩>

夜中に5分おきの陣痛らしきものが始まりました。以前、同じような前駆陣痛が来ていたのですが、今回は不思議と赤ちゃんがやる気になっているような気がしたので、一度前原さんに連絡しました。まだ痛みは生理痛程度で余裕があったので、朝診察に来て頂くことになったのですが、そうこうしているうちに間隔が空き、細切れですが眠れるようになりました。朝の診察では子宮口1.5cm(10cmで全開大です)。まだまだ時間がかかりそうということで、一旦前原さんは帰宅されました。

午前10時半ごろ、また陣痛が5分おきになってきました。12時に来て頂くことになっていたので、それまで主人に腰をさすってもらったり、アロマを使ったりしながら耐えました。12時に診察してもらったところ子宮口2.5cm。「まだ当分かかりそうだな…」と思っていた矢先、みるみる陣痛が強くなってきました。大声で叫ばずにはいられない、腰をハンマーで殴られたような…、とにかく経験したこともないものすごい痛みです。助産師としての知識を総動員し、一応深呼吸で逃そうと試みましたが、無理でした(笑)。事前に、「助産師としての知識は忘れるように(頭は使わないように)」という主旨のことを言われていたので、すぐに諦め、本能に身を任せることにしました(笑)。

腰をさする 2~3分おきに来る陣痛のときは、椅子にしがみついて四つんばいの姿勢を取り、主人が一生懸命腰をさすってくれました。力が入るときは、主人の手を思いっきり握ったり、しがみついたりして痛みを逃しました。同じように枕や寄りかかっている椅子を握ってみたりもしたのですが、不思議と、人を握っているときの方がうまく痛みを逃せました。もちろん痛いことには変わりないのですが、痛みの質がまったく違うように感じられました。人の力ってすごいなぁと思います。

そして、もう一つ不思議なのは、これだけ痛くて全身全霊で叫び続けているにも関わらず、「嫌だ」「もう止めたい」とは一度も思わなかったことです(これも個人差があります)。あえて「今何時だろう」「今何cmだろう」「いつになったら産まれるだろう」などと余計なことは考えないようにして、ただ、陣痛が来れば主人を握って逃し、治まってくれば力を抜いてウトウト…を繰り返していました。本当に何も考えずお産に集中していたので、前原さんに「もう7cmくらいかな」と言われたときは「え、もうそんなに来てるの?」と内心ビックリしました。気がつくと15時になっていました。

そこで、前原さんに「お風呂に入る?」と提案されました。正直、あまり動く余裕はありませんでしたが、これも人生経験だと思い入ることにしました(笑)。陣痛と陣痛の間に大急ぎで服を脱ぎ、痛みが来たのであわてて湯船に飛び込んだら、不思議と痛みはすっと軽くなり、しばらくウトウト休むことができました。軽くなったとはいえ、すでに子宮口は8cmくらい開き、お産もクライマックスにさしかかっています。お風呂の中でも全力で叫び続けていたのですが、不思議なことに頭の中は冷静な自分がいました。お風呂の窓が開いていたので、近隣に迷惑をかけてはいけないと思い、主人に窓を閉めるよう指示したり、なんとなくエネルギー不足になっているのを感じて、甘い飲み物を持ってくるよう指示したり…、本能に任せている自分と、冷静に頭の中で考えている自分が同居しているような感覚です。

お風呂で温まったせいか、お尻に力が入るようになりました。お風呂から出ることになりましたが、陣痛の合間をぬって身体を拭き、服を着なければなりません。痛くてそれどころではなく、ビチャビチャのまま服を着て部屋に倒れこみました。そして、のぼせているので起き上がる気になれず、しばらく横たわって休むことにしました(陣痛がひっきりなしに来るので休めませんが)。そうこうしていると、あっという間にいきみが入るようになりました。内診してもらうと、子宮口は9cm。力を入れずとも、反射のようにお尻に力が入ります。硬い便をして思いっきりいきむときの肛門の感覚が自動的に起こる、という感じでしょうか(笑)。「あのいきみはこういう感じなのか」と思いながら、四つんばいの姿勢を取り、あとはひたすら全身全霊でいきみました。あまりいきむと赤ちゃんが酸素不足になるのでは…、という心配が頭をよぎりましたが、もういきまずにはおれず、本能がこうしたいのだから赤ちゃんも大丈夫だろうと思い直し、椅子の柄が折れるのではないかと思うくらい全力で握り締め、いきみました。

何回か陣痛の波が来たあと、「清潔なシーツを敷くよ」という声が聞こえました。初めてのお産は子宮口が開いてから時間がかかることが多く、覚悟していたので「もうそんなにお産が進んでいるの?」とビックリしました。さらに何回かいきむと、「もういきまなくていいよ」と言われ、「もう産まれるの?」とさらにビックリしました(笑)。それくらいスムーズに赤ちゃんが下りてきたようです。いよいよわが子に会える!!!ワクワクしたなんとも言えない気持ちが一気に高まっていきました。

赤ちゃんが出てくるときは、前原さんと田中さんのフォローのもと、主人が赤ちゃんを取り上げ、四つんばいになっている私の腕の方に渡してもらいます。羊水でぬるぬると温かいわが子を直接抱きあげ、胸の上に抱き寄せました。ずっと会いたかった娘。やっと会えたね、頑張ったね、かわいいね、ありがとう…、という言葉が自然と出てきて、何度も名前を呼びました。娘は少し泣いただけで、胸の上で穏やかに目を閉じていました。赤ちゃんはお母さんと一緒だと、安心してこんなにも穏やかなんだなぁ…、と改めて思いました。

生まれたて 産後2時間まで、赤ちゃんの計測や私の身体拭き、母子手帳の記入などをしていきます。晴れてお父さんになった主人は、娘の産着を着せたり、写真を撮ったり、母子手帳を書いたりと産後も大忙しです。私はその側で布団に横になり、不慣れながらも幸せそうに一つ一つ丁寧にやっている主人と、主人にそっくりな娘を見ながら、とても満ち足りた気持ちでその時間をすごしました。産んだ後は本当に穏やかな時間が流れ、家で娘を迎えることができて本当によかった、と心から思いました。

産後2時間経ち、問題なければ前原さんと田中さんは帰宅されます。いつもの家に、昨日までお腹の中にいた娘が、私の布団ですやすや眠っています。家族が買ってきたお寿司を主人と2人で食べていると、なんだか主人が戦友のように感じられました(笑)。

 <産後>

【骨盤について】

産後は骨盤底筋群がゆるんでいるため、24時間(個人差があります)は四つんばいで移動するよう説明がありました。実際かなり骨盤が不安定で、トイレまで四つんばいで移動して、便器に座るのもやっとという状態。今まで内臓などを支えていた部分がスカスカになった感覚で、尿をする程度の力でも内臓が落ちてくるのではないか、と怖いほどです。最初はショーツの上げ下げすら満足にできず、恥ずかしながら毎回主人に手伝ってもらっていました。

産後にダメージを受けた骨盤底筋群は、安静によって回復します。24時間経ったころには「歩けるかな?」と思えるほど回復し、日増しに身体の軸がしっかりしてくるのを感じられました。また、初めは座って授乳すると腰に負担がかかり辛かったのですが、産後3日目にはわりと楽に座れるほど回復していました。自宅だと、トイレ以外にほとんど移動は必要ないので、身の回りのことは主人に任せて、布団の上で赤ちゃんのお世話に集中することができたのが本当に楽で、ありがたかったです。実際に身体の変化を体験して、産後の安静は本当に大切だと実感しました。

 【母乳育児について】

食事しながら授乳 私の場合は初めてのお産ということもあり、産後5日目くらいまではなかなか母乳が出てきませんでした。母乳で頑張りたかったので、最初の数日は1日17回くらい、それも1回の授乳に1~2時間かかるような状態で、ほぼ1日中授乳をしていたのを覚えています。長時間座れないので、座って授乳した後はひたすら沿い乳でした。時間が長くなると沿い乳も辛く、「早く寝て~!!!」と何度も思い、横で寝ている主人をうらめしく思うことも多々ありました(笑)。でも、朝目覚めると不思議とその辛さは忘れていて、横ですやすや寝ている娘を見ると、たまらなくかわいい。だからこそ頑張れたのだと思います。

それだけ授乳をしても、産後3日目にはついに赤ちゃんの体重が生まれたときから11%も減ってしまいました。助産師として働いていたころは、それだけ減ってしまうとミルクをたくさん足していたので、しばらく完全母乳は無理かな…、と落ち込んだのですが、ほんの少し、スプーンでミルクをあげただけで後は母乳だけですごすことができました。前原さんが、どうしても母乳で頑張りたい私の思いを尊重してくださり、体重だけにとらわれず、赤ちゃんとおっぱいの状態をしっかりと見極めてくださったからです(ですので、状況によってはミルクを足すこともあります)。飲んでいる量が分からないぶん、不安になることも多々ありましたが、いつでも電話で相談に乗ってくださり、必要なときはすぐかけつけてくださいました。前原さんのお顔を見ると、ほっとしますね。

 【身の回りのこと】

母と子 家庭出産をすると、身の回りのことはどうするの?とよく聞かれます。私の場合は、主人が産後5日間休暇を取れる制度を利用できた上、娘が土曜日に産まれたので(主人は暦どおりの休み)、お産の日を含めて9日間も主人と一緒にすごすことができました。ですので、家事や私の身の回りのことは、主人がやってくれました。産後はとにかく動けない(動いてはいけない)ので、水が飲みたいとか、あれ取って欲しいとか、遠慮なく頼めて甘えられるので、余計なストレスがなく本当に楽でした(笑)。

主人の仕事が始まってからは、昼間だけ母に来てもらい、家事を手伝ってもらいました。母は私の家のことを把握していないので、寝ているところを起こされるのを防ぐために、物のありかを書いた紙を戸棚などに貼り付けたりしていたのですが(前原さんのアドバイスです)、それでも何回も聞かれました(笑)。私の場合はすでに産後10日以上経って身体も回復していたので、そんなにストレスにはなりませんでしたが、これがお産直後だと思うと大変です。産後の準備、打ち合わせはやってやりすぎることはありません。

 <一緒に頑張ってくれた夫へ>

父と子 結婚するまで、自宅で出産できることを知らなかった主人ですが、「妊娠・出産にかかわりたい」と熱望していた主人にとって、家族だけでゆったりと迎えられるお産ができるのは魅力的だったようで、話をしたらすぐに賛成してくれました。

実際に家庭出産をして一番よかったのは、主人と陣痛が来てから産後9日目までずっと一緒にいられたことです。お産が大変なのはある程度イメージできると思いますが、産後の大変さは、一緒にいないとイメージするのは難しいのではないかと思います。トイレに行くのもやっとなほど身体にダメージを受けていること。昼夜問わず授乳し続けて、おっぱいが痛いとか、なかなか出ないとか、一つ一つのことにナイーブになったり、ちょっとしたことで涙が出たり…。こういう悩みを一緒に話し合ったり、慰めてもらったりしながら一緒に乗り越えられたことで、一層夫婦の絆が深まった気がします。私にとって、「一緒に育児をスタートできた」この産後9日間は、お産と同じくらい、いやそれ以上に大切な時間として記憶に残っています。娘も産後3ヶ月にしてすでにお父さんが大好きなようで、お父さんが抱っこするとニコニコ嬉しそうです(笑)。